Think Archive

Think Archive

72人のノートブックユーザーによるNotebookers.jpという新しいサイトを立ち上げました

notebookers_logo1.jpg

Notebookers.jpという新しいサイトの管理人としてスタートすることになりました。
72人のノートブックユーザーで更新するサイトです。
この当サイトblanq_textで培ってきたものはとてもとても大きいのですがしばしの別れ。

今後、当サイトのノートブックに関連する更新はNotebookers.jpに掲載されます。

モレスキンのカレンダーについてもNotebookers.jpで引き続きUPしていきます。
当サイトblanq_textはちょっとお休み頂きます。
Notebookers.jpにて0からスタートしてみますね。

twitter-1.jpg

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

#moleskine(モレスキン)キャッチコピー 随時募集&更新中!

Santa Claus

君がどれほど素敵でも、的確に宣伝されなければ忘れ去られてしまう ---ウォーホル

iPhoneがケータイと呼ばれず「iPhone」と呼ばれるように、Moleskineがノートと呼ばれず「モレスキン」と呼ばれるということに気がついた朝。どのように相手にモレスキンを伝えるべきなのか?ということについて考えていた。そこで、キャッチコピーを考えたり、募集しようと思い立ちました。

Twitterとの連動企画!
「Moleskineキャッチコピー」を随時募集しています。
@blanq宛でTweet頂くか、こちらの記事へコメント投稿願います。
こちらの記事は随時更新していきますねー。

まずは敬意を表し、
Twitterユーザの方々から投稿いただいたキャッチコピーを紹介いたします(投稿順です)。
投稿頂きました方々、多謝!
気に入った言葉の人をフォローしてみてはいかがでしょう。そこから恋の始まりが!

Continue reading

  • Comments (Close): 21
  • TrackBack (Close): 0

近所を旅するために航空チケットを予約する

bauhause 3colors ?

ずーっとメインのパソコンがぶっ壊れているので、最近の自分の作業デスクは森の中にぽつんと置いてある木の机となっている。サーモマグにカキっと冷えたアイスコーヒーをたっぷりと作って持っていって、道の途中のパン屋でカルツォーネを買って、森の中でコリコリと食べるわけである。

最近はこのように、Moleskineに3カラーの見出しをつけて、それぞれのカテゴリに「Next action」、「project」、「memo」などを書き込むようにしている。関係ないが、Moleskineに3原色の色を組み合わせるとなんとなくバウハウス カンディンスキー風味である。

続きは以下

Continue reading

  • Comments (Close): 5
  • TrackBack (Close): 0

さりげなく書き留めた言葉について、一日中考えることがある

moleskine and flower

最近moleskineに書きとめている言葉で気がついたこと。

ふと思いついたことや、さりげなく書き留めた言葉で、一日中そのことについて考えている日というのがある。
この前、iPhoneで女性ボーカルが歌う曲を聴いて、「あ、この曲、いい曲だな~」と感じて"Reminiscing"という曲名をMoleskineに書き留めた。

直訳すると「思い出すこと」もしくは「思い出話」という言葉。
しかし、その意味の裏側には日本語に訳すのが難しい部分があって、「記憶したことが、その直後よりも、時間を経過した後のほうがはっきりと思い出されること」という意味合いを持つらしい。
それまでは"Reminiscing"という言葉が自分の中で「思い出」と変換されていたのだが、そのことを知ってから曲名を見ると、彼と別れた後の女性の気持ちを歌った曲なのだなと気がつくことができた。物事の見方が変わる。
そして、自分の過去に対する"Reminiscing"について一日中考えて、センチメンタルな気分になるのである。

ブラジル音楽を演奏していると気がつくのだけど、歌詞のひとつに「サウダーデ」という言葉が出てくることがある。この言葉も、日本語に訳すのが難しい言葉と言われている。この辺は興味ある方は調べてみてください。

まぁ何が言いたいのかというと、
ひとつの言葉や物事に対して、最初から決まった意味が用意されているわけではないということ。
答えは一つではない。正しいことにこだわってはいけない
まぁそういうこと。

※補足:"Reminiscing"を歌っているボーカリストの女性はじつはかなりファンです。

  • Comments (Close): 4
  • TrackBack (Close): 0

ミルクパンについて語るときに僕の語ること

  • Posted by: タカヤ
  • 2009年5月 5日 20:44
  • Think

emalia olkusz

ポーランドのemalia olkusz社の琺瑯製ミルクパン。

「ミルクパン」について語りなさいと言われると大半の男は困難さを感じるものである。
例えば、「手芸ショップ」について30分のスピーチをお願いします、と急にマイクを持たされると困るのと同じように、「ミルクパン」について30分間語り続けるのは難しい。

ミルクパンは、「牛乳を温めるのに適した径が小さく深めの片手鍋」である。
ミルクパンで、カレーを作ってはいけない。
その行為は、「この世で最もミルクを温めるのに適した道具」が持つ本質をねじまげてしまうような気がする。
鉄板焼きに鉄板が入っていないのと同じように、ミルクパンはミルクを温めていて欲しい。
たい焼きに鯛が入っていないのと同じように、ミルクパンが主張する「ミルクを温める」といった目的から外れて欲しくないのだ。ニワトリが卵を暖めなかったら、あなたは寂しく思わないだろうか?育児を放棄した親のニュースを見てあなたは残念に思わないだろうか?砂場にガラスを埋めてはいけないのと同じように、ミルクパンにはミルクが入っていて欲しいのである。
かろうじて豆乳を温めたとしても、なんとなくミルクパン道から踏み外れたような具合の悪さを感じてしまう。
ミルクパンにはフタがついていない。あくまでも用途としてミルクを温めるものであるので、長時間煮込むようなフタがついていてはいけないのである。
自分の人生においてミルクを温めた機会は、数えるに2回くらいだと思う。今後も僕はきっとミルクを温めることはないと考える。買ったばかりのこのミルクパンは、ミルクを温める機会を、台所の棚の奥底で震えながらひっそりと待ち続けるのである。

Continue reading

  • Comments (Close): 4
  • TrackBack (Close): 0

偏った本たちと二面性について

  • Posted by: タカヤ
  • 2009年2月19日 04:13
  • Game | Life | Think

green_curry

超久しぶりにカレーを食ってきた。

books

最近深夜から朝方までかけて読んでる本。この偏った感じはいかがでしょう・・・。
しかし図書館のWEBサービスは便利すぎる。今まで使わなかったのが悔やまれる。

Continue reading

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

「しろすし」&ドキュメントフォルダ

ファイル1

当ブログ読者より、先日掲載した「黄色いファイル」が気になったとリクエストをお受けしたので記事をエントリーする。
愛用している書類や手紙などを収納するドキュメントフォルダー(ドキュメントエンベロープ?カールトン?)である。黄色のフォルダは手紙や領収書などの収納に利用し、白いのは仕事関連の資料や書類を収納している。

さて、今日の本題だが、前回に引き続き表面に書かれている文字の意味が不明。皆様のお知恵をお貸しください。

Continue reading

  • Comments (Close): 4
  • TrackBack (Close): 0

Minta érték nélkül

Minta érték nélkül

今日のゲット品は写真のチェコ(?)の厚紙の封筒。
"Minta érték nélkül"と書かれているんだけど、意味はよくわからない。下のサブタイトルみたいなところには、"Samples of no value"と書かれているのであまりたいしたものは入っていなかった様子。何が入っていたのかわかった方はぜひとも教えてください。
-------- 1:35 追記 ↑この点、判明いたしました!ハンガリーの封筒のようです。コメント欄を参照してください

さて、本題。
この封筒を手に入れたお店は、札幌のとある雑貨と焼き菓子がメインのお店なんだが、ここの菓子の一つに「ショコラケーキ」がある。僕はここのショコラケーキが札幌での全ショコラケーキ中で一番うまいと信じている。ケーキの専門店ではないのに、ここのケーキを抜くショコラケーキに出会ったことがないからだ。ショコラ(そこら)のケーキ屋には出せない味を持っているのである。
どれくらい好きかって聞かれるならば、「春の熊くらい」好きである(下記注釈参照)。

Continue reading

  • Comments (Close): 6
  • TrackBack (Close): 1

スワンプマンと16レンマ

  • Posted by: タカヤ
  • 2008年10月17日 02:18
  • Game | Think

chess in hotel

出先のホテルにて就寝前にチェスの対戦。勝負はd3へのビショップでチェックメイトにて終了。秋の夜はふけゆくってな感じです。

秋といえばスワンプマンとデペイズマンとルサンチマンですよね。
例えば、最近愛用のシャツに穴が開いてしまい当て布をしたのですが、そのままどんどん当て布をしていき全てが新しい布に置き換わった場合は別なシャツなのか、それとも最初のシャツなのか?真剣に何日間か考えていました。
こういったパラドックスをテセウスの船といいます。たとえば船の部品を毎日修理して、最終的に全てのパーツが新品に換わったとき、その船は新しい船なのか?それとも最初の船なのか?

Continue reading

  • Comments (Close): 2
  • TrackBack (Close): 0

世界を相手に闘える能力のコト

  • Posted by: タカヤ
  • 2008年9月10日 01:13
  • Game | Think

Backgammon

最近、魚屋と八百屋に行く機会が多いのだが、店員さんはとても親切である。ちょくちょく行くので、やたらとオマケしてくれてとても嬉しい気分になる。
CRM(Customer Relationship Management)を忠実に実行し、釣りをもらうときに彼らのまぶしいまでの笑顔を見ていてCS(Customer Satisfaction)が向上すると同時に、ふと僕の頭の中に別な妄想が走る。
「あ、このお兄さん、実は科学の道に進んでいたら今頃ノーベル賞獲得」
と、脳の片隅に浮かんでしまうのをなぜか止められないでいる。僕は彼の笑顔から「あ、この人仕事を楽しんで、輝いているなぁ」と考えると同時に、なぜか「ノーベル賞を獲得する姿」が見えてしまうのである。
文字に色がついて見えるとか、音に匂いを感じるとか、汗が赤いとか、次に入るCMが何かわかるとか、ほうき(細長い棒状のもの)を指の上に載せて20分以上うまくバランスをとれるというような感覚と似たようなモノかもしれない。

Continue reading

  • Comments (Close): 4
  • TrackBack (Close): 0

ピーマンを切ったあと「愛」について考える

  • Posted by: タカヤ
  • 2008年8月25日 01:00
  • Think

今日は、実家からもらった無農薬野菜のピーマンを切ったら、中からプイーンと虫が出てきた。
無農薬野菜では普通のことなので、驚いたりはしないのだが、一生をピーマンの中で過ごすのってイヤだなぁと思いながらスープカレーを作った。
野菜を茹でながら、WIKIで読んだアウシュビッツの記事を思い出す。そこに「アウシュビッツで最後まで生を維持させた人間の特性」について書かれていた。そのことを考えながら、台所でビールを飲む。
収容所内で生命を最後まで維持させた人々の特性は次の3種類に分類されたとのこと(本当かどうかはわかりません)。

Continue reading

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

マクガフィン的な話 2

  • Posted by: タカヤ
  • 2008年7月 6日 01:20
  • Think

espagne

今日の写真は、実家の廊下に飾ってあるポスターだ。背景の青空のコントラストと手前の静物の冷ややかなギャップが美しいと思う。このポスターは小さいころからかなりの影響を与えられたアイテムのひとつだ。で、写真とはまったく関係なく先日に続き、マクガフィン的な話。
このブログで過去に何度か触れた話なのだが、ビルの上のクレーンについて。

このごろ、暑い日々で、とっても青空も濃くなってきてよい感じだ。
青空を見上げながら歩いていると、いつも建築中のビルの上に鎮座する赤いカッコいいものが目に入る。ビル建築用のクレーンというやつだ。
何年も前からこのクレーンというものはどのようなタイミングで作られ、撤去されるのか僕の中ではまるで「イチコロ」って何の略なんだろう?とか、シズル感って何?という疑問と同じくらいマクガフィン的なものであった。

Continue reading

  • Comments (Close): 2
  • TrackBack (Close): 0

愛と希望とマクガフィン

  • Posted by: タカヤ
  • 2008年5月12日 07:03
  • Think

けっきょく考えた上に答えがわからないモノや答えが出ないものや最後まで答えが明かされないモノが以外に好きだ

最近、人と話していて、クイズを出されたのだが、このクイズがきっかけでいろいろ考えることになった。
そのクイズは、蚊取り線香が三つ並んでいて、同時に何箇所だかを点火し、ちょうど5分間経ったときに蚊取り線香が燃え尽きればクリアというクイズで、出された問題がその時点で情報があやふやで、じつは5分間だったのかが不明、または同時に何箇所まで着火が可能なのかが不明、蚊取り線香が燃え尽きる順番は全て同時なのかそれとも順次なのかが不明といったクイズであった。
こうなるとクイズというのはもう成り立たず、逆に正確な出題はどのようなものなのかを考えるといった感じで楽しみ、結果的に2週間ほど頭を悩ましたがけっきょくどのようなクイズなのかわからずじまいという感じ。最終的には折るとか重ねるとか逆転の発想で継ぎ足すとか第三者が介入するとか蚊取り線香以外のアイテムを使用するとかじつは蚊取り線香ではなくただの線香だったとかシチュエーションが墓参りだったとかいろいろ試行錯誤したが結局そのほうが楽しかった。実を言うとこういったものはキライではない。
最後まで答えの明かされないアイテムや要素というのは映画や小説などの手法としてよく使われる。たとえば、とある映画でこのようなやり取りがある。

Continue reading

  • Comments (Close): 3
  • TrackBack (Close): 0

How to make donut !

  • Posted by: タカヤ
  • 2007年11月19日 00:05
  • Think

さて、最近気になっていたことなんだが、「ドーナツはどのように作られるのか?」ということ。
ミスタードーナツでショーケース越しにドーナツを見ていて、これはどのように作られているのだろうと妙に気になった。

ここでいうドーナツの定義は「穴が開いた輪状のモノである」ということ。
いくつかモレスキンにスケッチしておいたんだが、思いついたのは5種類。
穴が開いた輪状のモノになる前の状態のドーナツはなんていうのかがわからないので、ここでは仮に「DNUT」と呼ばせてもらう。なぜDNUTかというとOが無い状態のDONUTだから

さてそれではタカヤ風ドーナツレシピ5種類は以下に記載します。
よろしければあなたの頭の中でドーナツを作ってみてから見る事をオススメします。

Continue reading

  • Comments (Close): 7
  • TrackBack (Close): 0

blank blanq bianco

  • Posted by: タカヤ
  • 2007年6月 7日 01:31
  • Think

arman最近荒地に放置された埃まみれのガラスのショーケースを見た。

札幌オーロラタウンから一本それた地下街の通りに、広告のオブジェをいれる大きなガラスに包まれた箱状のアドスペースがあるんだけど、小さいころにを母親に連れられて歩くたびに、あれを見るのがイヤだった。なぜかというと、ガラスの中の物体が時間から取り残されているような感覚に陥るから。
大人になってからは、クリストのパッケージとか、アルマンのアキュミュレーションとか、ジョージ・シーガルの彫刻を見ては同じような気分に陥いった。冷蔵庫の中に取り残された賞味期限切れのチューブワサビを見てもあまり同じような感覚にはならない。ジョージ・シーガルの彫刻が人間であることをやめてしまった様に見えるのと同じで、アドスペースの中の空虚なトルソー達は、トルソーであることをやめてしまったように見えた。

最近荒地に放置された埃まみれのガラスのショーケースを見て突然その感覚を思い出した。しばらく、呆然と眺め、その中に本来あるはずだったケーキのことを考えて立ち尽くした。ショーケースはなにか空白を詰め込んで「ただそこにあった」。空白について思いをめぐらすのはドーナツの空白のこと程度だと思っていた。ドーナツの内径がドーナツの直径と重なる時ドーナツは消失する。

遠くに響く笛や太鼓。お祭りを遠くから見る感じは、どこか自分が取り残されたような感じがする。時間から取り残された荒地のショーケースのような空白の部分が自分の中にあるのだと思う。だからこそ怖いのだ。

「あなたを思う。
それは子供の頃、窓の外に見ていた風景で
額縁の中の絵で、陰鬱でない青で。
ただ私は、その何処か片隅に潜って
眠り込みたいだけなのです。」

数年前に行方のわからなくなった友人の女の子から、海辺で拾ったと思われる穴が開いた石と共に僕宛にある日一通の手紙が届いた。
石の穴を覗くたびに、僕はそのたった5行の文章を何度も反芻して自分の空白について考えた。

「あなたは多分、空洞のようなもので出来ているのだと思う。だからシャベルで土を積み上げて山を作った結果、積みあがった山よりもぽっかりとあいた空白に興味を持つのでしょうね。」
果てしなく続く雨のようにペーパーカップの中へ空白が満たされていった。

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

Crayon Sun

  • Posted by: タカヤ
  • 2007年2月 9日 00:22
  • Think

RedBall以前、夏の正午に近所の公園を歩いているときに、子供がクレヨンで書いた太陽の絵が、風に乗って飛んできて、金網に張り付いていていたのを見た。
僕の正面には太陽の絵がパタパタとはためき、背後では本物の太陽が僕の首をじりじりと焼いていた。その、異様な時間が止まったような光景を見ているうちに、なぜか懐かしい気分となり、絵を取ろうと僕は手を伸ばす。しかし、時間が動き出し、その絵はどこかに再び飛んでいってしまう。僕らは必ずその太陽を手に取ることができない。「マッカナボウル」
  そうBが言ったとき、どこか北欧系の都市の名前かと思った。ウラジオスクとか、トロンデラーグとか。

「前の日にお酒をのんでいて、お昼過ぎに目が覚めた。」
  Bは僕の布団に入って僕をじっと見ている。
一呼吸おいて煙草にスムーズに火をつける。彼女の頬は真白で、すぐ下に血管が浮いている。真面目な顔をして布団から顔を出している。
「そういったとき起きるのってつらいでしょう?
憂鬱な気分でね、ベッドに入ったまま部屋の奥からベランダに目を移すとね、真青な空をバックに赤いボールがふわふわ浮いているのね。」
  僕は頭の中で赤いボールを連想する。
どこにでもあるような赤いボール、気の効いたロゴが表面に描かれているのではなく、ゆで卵みたいにつるっとした表面でシンプルなボール。どこか懐かしい感じさえする。
Bは話し続ける、子供のような表情をしている、よっぽど妙な驚きだったのだろう。
「それは空中で止まっていて、しばらく私の前にあって、ベランダで干しているブラジャーかなんかがパタパタいっているのよ。」
  Bは手のひらを布団から出してひらひら振ってみせた。
「私はべつにたいして気にもしないで起きて、昨晩眠る前に散らかしたイチゴやらバナナを避けながら洗面所に片足をぴょんぴょん上げながら行かなくてはならなかった。でも踏んじゃって、洗面所で顔じゃなくて片足を突っ込んで洗った。」
  Bは嘘をついていない。彼女は片足を上げるイメージとイチゴとバナナが頭の中で妙な結び付きを見せているので、楽しそうに話したからだ。僕もBが片足を洗面所に突っ込んでいる仕草には好感を持てた。そして窓の外には赤いボールが浮いている。
「で、足と顔を洗い終わって、部屋に戻ってきて、また外を見ると、まだ窓の外に赤いボールが浮いてるのよ。こうやって口を開けてしばらく眺めてたの。馬鹿みたいでしょう?」
  声には出さないで約二秒ほど微笑み、すぐに神妙な顔をしてどこか遠くを見て昔のことを思いだすような仕草をする。僕は冗談のつもりでそれと同じ方向を眺めてみて、おや、何も見えないよ、という顔をした、がBは気付かない。よっぽどその真っ赤なボールのイメージが強いのだろう。
「不思議なものでね、長く見てるとなんだか優しい気分になってくるの、段々、私のちっちゃい頃にクレヨンで描いた真っ赤な太陽の絵を思いだしちゃってね、なにか懐かしいような感じがしてきたの。」
  言葉ではなくBから、せつない雰囲気が伝わってくる。Bはすぐにちょっとだけ悲しそうな顔をした。

「・・・私はぱっと窓の方に急いで駆け寄って、窓を開けて手に取ろうとした、大切なものだと思ったのよ。だけどね、真っ赤なボールはひゅうと下に落ちていった。まるでそこに止まって浮いていたのが嘘みたいに、あっというまに落ちていって小さく小さくなって消えていった、そして地面に打ち付けられて大きくバウンドする。」
  僕の頭の中の赤いボールも遠くに消えていった。それはなんだか、はかない夢の景色を連想させた。体の中のかすかな懐かしさが遠く離れていく感じ、喪失感にそれは似ている。大切な人を失ったときみたいに。
「ずっと下の方で子供たちがその赤いボールで遊んでいる、賑やかな声がここまで伝わってくる。私はその景色を静かに眺めててこういうふうに思った。何か、遠くから楽しそうなお祭りを眺めているような感じなのね。ほら、地元の神社の縁日とかで金魚すくいをやったりわたあめを食べたり、ちっちゃなお祭りを遠くから見る感じ。」
「喪失感っていうんだよ、そういうの。大きな空洞みたいなものだよ。」
「そう、こうやって大切な人とかを失ったら本当に悲しいだろうなと思った。」
  そうやってじっとまばたきのない瞳で僕の向こう側の窓を見た。Bは絶対にこういったとき人が何かを言ってくれるのをじっと待つわけではない。Bの場合、こういったことがあったと、ただ提示するだけなのだ。だけど、僕は気の利いたことを言ってやろうとちょっと考えてこう聞いてみた。

「この話って、本当?。」
「嘘よ。」

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

OUT-Communication

  • Posted by: タカヤ
  • 2006年6月 7日 14:27
  • Think
a4d0dad7.jpg

昼間っからいろいろ作業しながらビール。幸せ・・・でもなくて最近人間関係でいろいろ考えることが多い。まぁこのコミュニケーションというのがいつも僕の考え事のテーマなんだけどさ。自分の父親がそうだったんだけど、30歳を過ぎたあたりからどんどん孤独な人になっていったらしい。僕が子供のころからなんとなく思ってたんだが、父親が友達を訪ねていったり、友達が遊びに来たりといったことがないなぁと思ってた。
父親の遺伝子を僕も受け継いでいるならば、間違いないんだと思うんだけど、たぶん自分もどこかコミュニケーションの輪からどんどん離れていく要素が多い気がする。なぜか人間関係の輪の中に自分をしっかりと置くことができない。
まぁつまりのところ、こういった立場が自分でも好きなんではないかなぁと最近気がついた。そのOUT-Communicationで自分の居場所を作って、ソファを置いて、クッションを置き、relaxする場所を形成するのが自分の30代の目的の一つであるような気がする。
とまぁツマランことをビールを飲みながらぼんやりと考え事をしています。追記:
20代前半の時今は過ぎ去ってしまって会えない友達が、いつも見ていた夢なんだけど、お祭りの光景を遠くから眺める夢をよく見ると言っていた。なんとなく思うんだけどOUT-Communicationというのはそれとニュアンスが似てる。

  • Comments (Close): 1
  • TrackBack (Close): 0

センメンキとクレーン

  • Posted by: タカヤ
  • 2005年7月 4日 19:04
  • Think

少々前に読んだ本に、こういったことが書いていた。
「工場で洗面器が、日々ベルトコンベアの上でガチャコンと生産され、大量生産されたそれらはどこで消費されていくのだろうか?」といった言葉があった。
たしかに洗面器というのは日々の生活でいくつも消費されるわけではない。なのに、今日も工場で、それは生産されているのだろうと思う。例えば、うちの洗面器の場合、一度も他の洗面器へ交換されたことはない。めったに壊れるわけでもないし、賞味期限があるわけでもないのに、今日も生産される洗面器はどこに行ってどのような人生(?)を送るのだろうかと考えると気になってしまう。
おかげさまで、昨日ニセコの温泉に入ってきたのだが、ひなびた温泉のケロヨンの洗面器に自分の存在を重ねてぼんやりと対峙した。「おお、せんめんき、おまえはどこから来てどこへ行くんだろう?」と問うてもケロヨンは無口だった。

もうひとつ、そのどこから来てどこに行くのかわからないものの一つに、ビルの上にあるクレーンがある。ビルを建築時にてっぺんにあるクレーンはどこから発生してどこに消えていくのかがいまだにわからない。僕の仮説では、建築を開始した際に、人目に付かない夜中などに、工事現場のおじさんたちがクレーンの部品をひとつひとつを手に持って、屋上までダッシュして運び、朝方までに組み立てる光景が浮かぶ。星月夜をバックに、クレーンを組み立てる男たち。ふたたび、ビルが建築終了後に、人目に付かないように朝方までにクレーンを解体する男たち。
人々が街でうわさする前に、存在を作り、存在を消していくクレーンや洗面器に僕はずいぶんとクールなものを感じる。我々はどこから来てどこに行くのだろう。

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

変人が好きだ

  • Posted by: タカヤ
  • 2005年6月18日 15:12
  • Think

さてさて、デジカメ買ったおかげですっかり行動もアクティブになってしまったタカヤです。
最近画像ばっかり夢中になってしまってなんだか読み物的なものを書いていないのでメモ代わりに書いておく。

先日、友達の家にて焼肉をゴチソウになってきたんだが、そのとき話に出てきたんだが、「たとえば何かメンバーを募った際に来た人の志望動機を聞き、自分を変えたいとか新しい自分を探したいという人は断る」という話。
基本的に僕は熱い人とか体育会系のノリが非常に苦手なんだが、自分のやりたいこととか行動に対してもっともな理由をつける人が非常に苦手かもしれん。たとえば熱い人を相手にしていると必ずドラマチックな展開に持っていこうとしているコトというのがたまにあるんだが、僕はそういったコトを感じるとどうにも頭の中でずいぶん冷めてしまう傾向がある。だから多分僕が仕事で誰か募集したとしても、モットモな人は多分とらないだろうなぁ〜とか考えちゃう。
たとえばちょっと前にマイクロソフトの面接とかいうのをどっかでよんだ。そこでの面接は簡単に言うと質疑応答で行われるらしいんだが、たとえば「マンホールのフタはなぜ丸いのでしょうか?」という簡単な質問が来るらしい。んで、これに対してどう答えるか?が大切なんだが、たとえば理由を知っている人が返答するならば「四角だと一辺の長さがマンホールよりも小さくなってしまうため、フタが落下してしまい非常に危険だと思われます」などと答えてしまうと思う。確かに答えはこれで合ってるんだが、これではマイクロソフトの面接はダメらしい。「ええ、たとえば四角だと年間2%の工事作業員が地下で身悶えてしまいますからね」といったようなウィットが重要らしい。

まぁマイクロソフトに限らず、意外性のある人とか発想力のある人やモノゴトを違った視線で見ることのできる人というのは非常に楽しい姿勢で生きてると思う。

とある人は、デパートの売り場で働いているときにズボンのすそが片方だけめくりあがったオジサンが店内に入ってきたときに、そこで働く従業員全員のズボンの片ほうのスソをめくるように店内に指令を出したらしい。その場全員の片スソがめくってあればそのオジサンは気づいたときに寂しい思いをしなくても良いのではないかという配慮だったらしい。こういった視点を普段から持っている人ってすげえなぁと思っちゃう。

僕がドラマチックな人を苦手とするのは、相手が多分どこかでインプットされたデータをもとに発言しているように見えちゃうからなんだろうな。まぁ簡単に言うと僕はヘンな人が好きなのだ。

  • Comments (Close): 3
  • TrackBack (Close): 0

髭剃りにも哲学

  • Posted by: タカヤ
  • 2005年6月10日 11:26
  • Music | Think

どんな髭剃りにも哲学があるなんて言葉がありますが、最近サイゲンジのインタビュー記事を読んでて「あなたにとってLIVEとは?」みたいな質問に彼は、「LIVEは過去との決別みたいなモノ」と言っていた。簡単に言うと、LIVEというのは本当のその瞬間にある「今」という感覚であって、それまで練習とか人間関係とか作曲とかでいろいろイヤな気分も味わうし、思い悩んだりするワケなんだけど、そのLIVEの瞬間にはそういったモノが全てリセットされて、またLIVEの後から、次のLIVEまでは0から始まるということが書かれていた。こういったことは多分ホントのことだと思うし、実際の経験から導かれた言葉なのでカッコよいと思う。

僕の尊敬する札幌のボサノババンドMissFerryのクーさんは、「上達するためには、演奏が終わった後でいちいち反省しないことだ〜」と笑いながら言っていたのだが、この言葉はまさしく上記のことに通じるんではないかなぁと思う。
 
こういったことはまぁ音楽を演奏することに限らず通じると思います。

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

相談について

  • Posted by: タカヤ
  • 2005年5月14日 11:40
  • Think

たぶん今日の文章は人が読むと、すげーヤナヤツだと思われるが書いてみる。
反感を買ったらごめんなさい。


「女の子が知り合いの男の子に自分の彼氏の相談をする」それとは逆に「男の子が知り合いの女の子に自分の彼女の相談をする」というのが僕は好きではない。というかそもそも相談というのが僕はあまり好きではない。これについて考えてみる。
上のような考え方をしていると大半相談事は人にされないかというとそうでもなくって、なんかかんかは話を聴くことになるんだが、あまりこういったものを公表するのやばいかもしれないけど、僕はほとんど話を聴いていないパターンが多い。
「最近彼がひどいんだよね〜」とか言いながらポテトチップスをばりばりと食べる人になるとなおさら聴かない。こういったときに僕はどう切り返すかというともっともらしいことを言って煙に巻いてしまう。


「ほんとマジで彼冷たいんだよね。最近チューしてくれないの。タカヤ君はどう思う?」
「うーん、そうだね、たとえば樹ってあるじゃん。あれって微妙に対照的だよね。だから根っこを取っても倒れないんだぜ」
と、どこからかパクった自分でも意味がわからないセリフを言って適当に返している。さすがに上記のような冗談みたいなことを言うとばれるけど、まぁ不思議なものでもっともらしいことを言ってみると大半の人になぜか納得されるので困惑する。


おそらく僕の中では、「相談」ということがすばらしいことだと思ってないからこういった現象が起きていると思う。基本的に恋愛相談をしてくる人の大半は答えが出ている時点で相談してくるパターンも多いし、恋愛は二人でするものだから第3者に相談する必要があまりよくわからない。彼氏(彼女)に相談しなさい、と考えちゃう(暴力、法律がらみの悩みは警察や探偵、弁護士へGO)。


僕の中では相談というものは何かというと、「自分の考えていることがつまらないことかどうかを判断する方法」という考え方なんだと思う。そういった相談は僕もよく人に話すほうだと思う。つまり聴く分では、「人に話すとおもしろいことかどうかわかる」、というレベルでしか僕は相談に乗ることができない。あぁ、ここまで書いてて自分がヤナヤツに感じてきた。

関係ないですけど、恋愛相談相手とHするパターンがよくあるのは何でなんでしょうね。
男で言うならば、うまくいっていない恋愛の相談を女の子から受けると、「そいつマジひどいよね〜」とか言っちゃって自分のほうがイイ男というのをアピールできるのでけっこう聴く分には楽しいのではないだろうか。
これ以上書くとまじでヤナヤツ度数をかなりアップさせるのでそろそろやめておきます。

  • Comments (Close): 2
  • TrackBack (Close): 0

○○と××はどちらも目的が一緒だから同一のものだ

  • Posted by: タカヤ
  • 2005年3月31日 11:32
  • Think

以前とある人物がこういった考え方をしていた。
「○○と××はどちらも目的が一緒だから同一のものだ」と発言していた。この言葉が印象的でときどき思い出してその意味について考えてしまう。
例えば、AさんとBさんが仕事のことで議論していて衝突しあったとする、収集がつかなくてケンカになり取っ組み合うとなるとする。Aさんの意見もBさんの意見もまったくスジが通っていてどちらも客観的に正当なものであり、納得がいくものであった。しかし二人は衝突する。「○○と××はどちらも目的が一緒だから同一のものだ」という理論を導入すると、AさんとBさんは同じことを言っているという概念になるという考え方。
うーんわかりづらいな。いろいろ代入してみる。

「セロテープとガムテームはどちらも貼り付けるモノなので同一のものだ」
「先生と生徒はお互いから学びあうモノなので同一のものだ」
「AさんとBさんはどちらも会社を良くしようとしているので同じことを言っているに過ぎない」

先日書いた"No Problem"という考え方について書く。
直訳すると「何も問題ないよ、だいじょうぶ」といった感じなんだけど、大半のことはこれで片付くという便利な言葉だ。アフリカの集落で○やら×といった概念のない村があると聴いたことがある。イイとワルイの価値観がごったがえす僕らの生活から考えると想像のつかない世界かもしれない。僕は文学者でも科学者でもないんだが、この「○○と××はどちらも目的が一緒だから同一のものだ」と「No Problem」は共通するものがあると考えている。理由はわからん。ただ単に感性でそう思うだけ。結論の無いまま終わる。

  • Comments (Close): 2
  • TrackBack (Close): 0

人の話を聴く

  • Posted by: タカヤ
  • 2005年3月30日 15:39
  • Think

人間的に魅力が強い人というのは、「人の話を聴くことができる人」というのが多いと思う。しっかり聴いているから面白いコメントも返すことができるので人気がある。という流れ。さて、僕にはまったくもって「人の話を聴く」という能力が備わっていないのは皆さん知ってのとおり。自分の脳のつくりがどうなっているのか僕も知りたいのだが、たいてい人と話をするとその人が何を言っているのかさっぱりわからないでそのまま会話する傾向がある。なのでしょっちゅう会話が混乱してくる。
なので、会話形で進んでいく裁判モノの映画とかを見てもちっともストーリーがわからない。夜に経済ニュースを見ていても、「ライブドアがなんたら」とかキャスターが言ってわかりやすいテロップで説明をしていてもちっとも理解ができない。
他にも複数人数で話すときが難しくて会話にうまく混ざれないし、複数人数が共通の話題を話しているときもいまいち内容がわからない。

もちろん、「人の話を聴くことができる人」が魅力的という考え方でいうと、大半の場合僕は人に好かれない。これは小学校のころからそうなんだが実を言うと人と会話するのが非常に苦手なのだ。なので、中学校の通信簿にある先生のコメント欄も「心を開放しない。魅力にかける」と書かれていた。会話をしようと思っても、ちぐはぐな言葉しかしゃべれないのでよく言われる言葉が「なにかんがえてるかわからんよね」と言われる。ごもっとも。

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

No Problem!

  • Posted by: タカヤ
  • 2005年3月23日 13:10
  • Think

・服はなんでも良いので、適当にそのへんにあるのを着る。
・待ち合わせ時間に遅れたら、さらに寄り道をする。
・モノの価値は自分で決める。
・住居は狭くても、ぜんぜんきにしない。台所くらいでじゅうぶん。
・料理の味付けには何にでもニンニクと塩が入る。
・音楽はボロイ音楽オンリー。
・常に感情は一定でフラット、怒りも無いし、イライラも無し。
・人間づきあいのモットーは「去るものは追わず、来るものはこばまず」
・夕日を見たら、外に椅子を出してのんびりしたくなる。
・モノがないなら作る
・無ければ無いのでよい分、あるときは大量に使う

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

心の闇

  • Posted by: タカヤ
  • 2005年3月 2日 11:10
  • Think

漫画はけっこう好きなのだが、ほとんど買うことはしないだが、唯一買っているマンガがあります。古谷実の「シガテラ」がそうなんだけど、昨日昼間に本屋で買ってフレッシュネスバーガーで読んでたんだがなんか衝撃を受けた。
簡単にストーリーを書くと、主人公はクラス変えを行い新しい友達ができる。その友達はすげぇいいやつなんだけど、主人公の彼女に惚れてしまう。主人公と彼の関係も親友のように進んでいき、いいやつなんだが、心の闇の部分がちょっとずつちょっとずつ大きくなっていき、妄想も増えていく。最後にはその彼女を自分の家に招待し、睡眠薬で眠らせてそのうちにヤってしまおうという計画を実行してしまう。という話。
このシガテラというマンガに一貫してるテーマがある。何かというと、その「心の闇の部分」がテーマなのだ。日常生活に潜んでる「心の闇」。本人が幸せだと考えていても、それと同時に一枚あわせに存在している闇の部分と言うのはなかなか意識しづらい。自分が幸せのピークにいるときは、不幸になるキッカケは想像しづらい。そこがこのマンガの焦点だ。
どんなにイイやつでも「妬み」や「嫉妬」も必ずあるし、そういった要素は信じられない現象を生み出したりする。マンガに限らず、世間ではそういった話がゴロゴロしている。

ずっと昔に僕が働いていたBARの仕事で、従業員の中にけっこう美男美女なカップルがいたんだが、それはもう仲良しだったため、なかなか見た目の良いカップルだった。それとは別な従業員で、まぁどこにでも変なヤツっているんだが、かなり自慢話が多い上に神経質でニキビだらけで油っこい感じのBという男がいた。そのBがある日となりにやってきて、「このまえさー、AさんとHしたさー」とか言う。Aさんはその美男美女カップルの女の子ね。はっきりいって信じられなかった。こいつだけは相手にしないと考えていたのだ。失礼だが、世間一般的に生理的に彼はたぶん女の子に受けいられないタイプの人間で、普段Aさんは大人しい人で、比較的無口で清楚な感じがし、とても浮気という概念があるようには見えなかったからだ。
そのカップルはもちろん仲良しで二人してラブラブだったんだが、後にそのAさんと二人っきりになったときに僕はやめておけばいいんだが、チラっと聞いてしまった。
「○○とHしたって本当の話なの?」。
この一言でこの女の子は決壊する。あんなに壊れたように取り乱した女の子というのを僕は人生で始めて見た。本当の話だった上に、しかも彼女からBを誘っていた事実がわかった。
なんとかその場を収めたのだが、その後もBは相変わらずだったし、Aさんはカップルの関係をいつまでも維持し、Bとも関係を続けていたようだった。
「Hをしたい」という概念は、比較的その心の闇とリンクしていると思う。

それとは別な仕事をしているときにこういう話があった。これはその従業員の中で多分僕しか知らなかったんだが誰にも言ってなかった。
店長は僕よりも後に入ってきた女の人で、後から入ってきてその店の中で一番偉くなった。まぁ一般的には雇われ店長というものだ。だが良い性格の人で、皆からも信頼されていた。今まで面接は本社が大阪だったため大阪の部長が従業員を面接していたんだが、遠くから面接のためだけに札幌に出張するのもつらかったため、ある日、札幌の店長が面接をすることになった。その面接に来たのはパッとしない不潔な印象の男の人で、僕的には「あぁこの人雇ったら売り上げ下がるだろうなぁ」とか思っていて、まず面接無理だろうなと思ってた。他従業員たちも皆同じことを考えていた。しかし、うちの店長はなんだか気持ち悪いくらいその人が「すばらしい人だ」といってベタボメしうちに入社することになった。もちろん仕事ぶりも想像したとおりにひどいものだったのだが、いつまでもその店長はその男の人を気持ち悪いくらいホメちぎりベタボメしていた。まったく売り上げを伸ばすことができないその男の人を「ぜひとも次回店長にオススメしたい」とかそんな感じだったかな。しかし実際店の売り上げはその男の人のおかげでどんどん悪化することになる。客商売なのに見た目にも不潔そうで、僕はその男の人が信用できなかった。
後に僕は衝撃的な事実を知ることになる。きっかけは正確には忘れてしまったんだが、その店長のことを知る人を間接的に知ったのがキッカケだった。もともとその店長とその男の人は恋人同士だったのだ。つまり、二人はすでに付き合っていた状態で、彼女は今の仕事に就き、仕事っぷりが悪いためどこにも就職できないでいた彼氏をまったく知らない人のフリをして面接を行い雇い、その後も他人のフリをして働き続け、仕事のできない彼氏を自分の職権を乱用しホメ上げて役職をつけてやろうという魂胆だったのだ。僕ら従業員を騙しながら職権を乱用する店長に僕はがっかりしてしまった。

とまぁこのように人には必ずじっとりとした闇の部分がある。逆に言うと、友人と言えども人間関係の上で闇の部分があるのが一番リアルだ。

  • Comments (Close): 3
  • TrackBack (Close): 0

So what ?

  • Posted by: タカヤ
  • 2005年2月27日 13:13
  • Think

fdd4cd11.jpg


時々不思議な夢を見る。

それは自分の将来を暗示した夢だというのが起きたときにすぐにわかる夢で、どんな夢かというと、前に見たときは、僕はなぜかとても金を持っており、ビルを一軒自分の持ち物として持っている。その中のナイスな展望の一室で僕は何かを作成したり何かを作るような自分の仕事をしているんだが、部屋のインテリアがすさまじく、部屋中が本棚で埋め尽くされており、なぜか自分のデスクは「みかん箱」という夢・・・。金を持ってるんだが持ってないんだかよくワカラン。ちなみに本日見たその夢はまったく同じ部屋で僕は、FLASHのサイトをせこせこと作ってました。もちろんみかん箱のデスクでね☆

さて、先日本を読んでいたらこういったことが書いていた。
「他人よりも贅沢をしたい、とかたくさんお金がほしいという考えを持っている大人は、社会に出てから劣等感を味わった人が多い」、とのこと。僕の中ではお金に関しての基本は「だからどうした」という価値観なので、僕は常に贅沢をしようという概念が欠如している。なので、先ほどの夢にもあるように、「みかんの箱」にイメージが凝縮されているのではないかなと思う。

確かに、部屋もボロイところに平気で住むし、服も80%が穴が開いている。中学生くらいには「タカヤは将来間違いなく浮浪者だね」などと言われてた。僕もそれでいいやと思ってた。だから仕事でいくら偉くなっても、何をデザインしても、カッコいい人を見ても、ゲップが出るような熱い友情を見ても、僕の概念ではやっぱり「だからどうした」というイメージでしかない。英語でいうならば「So what?」ってところ。マイルス・デイビスと気が合いそうだ。「天才を育てるには天井が高いところが必要だ」なんていう宣伝文句を考えた人とは多分気が合わない。

追記:
今からだいぶ前に、僕はとある仕事にて、正社員の研修で東京の銀座へ行っていたんだがそのとき同時に研修を受けた同期のおじさんですごい人がいた。そのときの宿泊施設は会社で持っていた佃島にある高層マンションの20Fの部屋で、港区の湾岸を一望できるような東京ベイシティな感じの部屋だったんだが、その同期のおじさんは自分の持ち物でもないのに「タカヤ会社に感謝しろよ」、とか「アム○ナミエもここに住んでるんだぜ?」と30回くらい繰り返し何度も何度もしつこく言うので、さすがにカチンときて「あんたのもんじゃないじゃん、しかもアム○ナミエなんてどうでもいい」と口論になった。まぁ結局そのおじさんは社員へのセクハラが原因で研修の段階でクビになったんだが、いまだにそのおっさんがキライでしょうがない。
どんな一流会社へ入ったとしても、どんなパワフルな車を運転したとしても、「僕はただの僕で」「だからどうした」という僕のスタイルは絶対に変わらない。こういった考え方をする人は多分一生ビンボー間違いない。

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

人付き合い、性格

  • Posted by: タカヤ
  • 2005年2月19日 12:14
  • Think

現在、製作するものがオンパレードなタカヤです。カレー屋さんのHP、そのHP用のフラッシュ、新しい自分のHP、その他ビジネスカード、ロゴ、新コンテンツ用のフラッシュ、などなどを現在考えている。
いまさら言うのもなんなんだが、「モノを作るということ」は何よりも自分の生活の中で一番重要なことだ。僕の頭の中はたぶん、「モノをつくる」という考え方を中心に回っていて、その他のことはあまり覚えていられないし、頭も回転しないし、基本的にどうでもいいと思ってる。だからひじょうにわかり易いんだが、熱い友情もいらないし、情けや人情もいらないし、出世ものぞまない、お金もどうでもいい。信用できる人はただ一人いればいいな。うん、シンプルだ。
シンプルに普通に暮らそうとすると大半はなぜか反感を買う。大半の人は「もっと回りに気を使いなさい」とか言うので使ったら使ったで、なれないことをしている上にまったく気持ちがこもってないので大半は迷惑がられる。結果的にやっぱり余計なことはするものではないという結論に達した。
いろいろ僕の場合考えたんだが、結果的に仲良くできるパターンの人間づきあいは数年間に1回会う付き合いが一番僕にとって良いらしい。僕にとって友情とは会い続けることではなくって、会っていなくても友達でいられるのが嬉しい。
僕のサイトのプロフィールにも書いているんだけど、他人の事にも深入りしない代りに、自分の事にも余り干渉されたくないタイプ。まさしくそのとおり。

-------
自分用メモ。
新サイトのキャッチフレーズ。
「ベッドの中ではすべての事がスタイリッシュ 芋の皮むきでさえもグラマラス」
All things are stylish in the bed.
 Even the paring of the potato is glamorous.

  • Comments (Close): 1
  • TrackBack (Close): 0

映画を観る目的、孤独について

  • Posted by: タカヤ
  • 2005年1月12日 11:00
  • Think

基本的に映画を観るという目的は、「楽しむ」ということが目的であって、複数回観直す時は「手本になる」ということなんだと思う。たとえば大昔のイタリアではダビデ像みたいなカッチョいい彫像は多分若者の手本となったりしていたのだろうと思う。「俺もダビデになりてー」とか美容室にいって「ダビデっぽくしてください」とかそんな感じ。

先日「髪結いの亭主」というパトリス・ルコント監督の映画を見ていたんだけど、主人公の彼が、陽だまりの中にいる自分の奥さんを見つめながら「常に心地よさの中に身を置くような生き方をしている」といった表現をしていた。この女性には友人も、家族もいないし、彼女自身孤独を愛してるというのが映画の中で常に象徴されている。主人公側にもほとんど知り合いはいなく、二人の結婚式は友人家族のいない状態で、数人での結婚式だった。そのまま映画の中では二人きりの生活が淡々と描かれていく。
映画自体は、とてもスイートに流れていくので普通の男性が見てもまったく面白い内容ではないのだが、僕はこの映画がなぜか好きでかれこれ5〜6回ほど観直している。冒頭の話に戻るのだけど、複数回、観直すということはおそらく手本になるからなんだと思う。僕はこの甘いフランス映画のどこを手本にしているのかというと、多分「孤独でも心地よさはある」といったところにリアリティーを感じてるんではないかなと思うわけ。おそらく「孤独は寂しい」といった考え方は僕にとってざらっとしたリアルさがない。多分、そういった考え方は世間が勝手に考えたことだと思う。

実際周辺には、孤独な人が多い。一人も友人がいない状態で、常にJAZZを聴いて、それと一緒に暮らしている人もいる。寂しいかどうかは、結局周囲の人間たちが決めている。


髪結いの亭主

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

HOGEJAKU

  • Posted by: タカヤ
  • 2004年12月15日 14:19
  • Think

禅語で「放下着/HOGEJAKU」というアーティスティックな言葉がある。意味は「捨ててしまえ何もかも」といったような感じ。どちらかというと生活の中で、「捨てなさい」というよりは「ミニマル」であるというニュアンスで思い出すときがある。
JAZZのアドリブでも休符の光る「弾かない美学」を感じるフレーズを聴くとムゥとうなってしまう。人間関係にしても、二人でいる時におしゃべりをする時間も大切かもしれないけど、二人がただ黙ってぼーっとしている時間に親密さは作り上げられていくのではないかなぁと思う。
ミニマルであるということは、本質や素材に近づく。

オノ・ヨーコの言葉だったか忘れたけど、「一つ手に入れたら一つ捨てよう」という言葉もいいなぁと思う。部屋の中に一つモノが増える場合は、一つ何かを捨てるべき。

参考-----ミニマル・アート
フランク・ステラが先駆になり、ソル・ルウィットドナルド・ジャッドリチャード・セラなどが参加し、絵画や彫刻の構成要素である素材を多く使わず、色や形も最小限に抑え、個人的な考えや主観性など、制作者の痕跡も極力残さないで、要素そのものをきわだせるようとする1960〜1970年代に米国を中心として展開したアート。作品は表現が最小限に切り詰められているため、難解な作品が多い。

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

VANILLA

  • Posted by: タカヤ
  • 2004年12月12日 13:04
  • Think

むかし、ちっちゃい頃うちの父親は遅くに帰ってくる仕事してたんだけど、父親が一回だけ買って帰ってきたバニラシェークがとても嬉しかった思い出がある。
深夜にワケもわからず叩き起こされ、もらった溶けかけたバニラシェークは死ぬほどうまかった。いまだに忘れられない。
アホなガキの僕は、それがまた父親が毎日買ってきてくれるんじゃないかってずっと思いつづけるワケだ。もちろんその後は、買ってくることはなかった(涙)。

深夜に飲むバニラシェークはその事を思い出してしまう。
甘くてぬるいバニラは僕にとって、「期待」ということを人生で初めて覚えたなかなかイイ思い出だったりするのだ。

もともと僕の家は、家族で外食に出かけるなんてほぼない家だったので、いまだに家族でゴハンを食べに行くなんて聞くとドキドキしてしまう。小学校のころ、同じクラスの友達が、「週に一回はお寿司を食べに行く」と、とんでもないことを言っており、僕の脳内では死ぬほどうらやましかった記憶がある。ちなみにそのころ回る寿司はありませんでした。

  • Comments (Close): 1
  • TrackBack (Close): 0

恐怖症

  • Posted by: タカヤ
  • 2004年12月 3日 11:25
  • Think

さて、小さいころからそうなんだが、風船が嫌いだ

高所恐怖症、先端恐怖症、閉所恐怖症など代表的なものがあるけど、僕の場合は風船恐怖症。どうして嫌いかを検証すると、あの丸くてフワフワしてファンタジー満載なくせに、いつ破裂するかわからないというあの感覚がひじょうに苦手だと思う。水の入った風船はセーフ。普通に空気オンリーなものがイヤだ。
なので、風船がぎっしりつまった部屋に閉じ込められると、もうパニックに陥ること間違いない。デパートで、エレベーターに乗ったときに風船小僧(風船を持ったお子様)が同乗しているものなら、やたらと到着階を気にしてソワソワしてしまう。風船小僧が対向から現れようものならなぜか道をゆずってしまう・・・。
もともと僕はストレスというものを感じづらい性格なんだが、風船部屋に閉じこめられれば間違いなく胃に穴があいたり、髪の毛が抜けたりしそうだ・・・。

それとは別に過去に変わった恐怖症の人がいた。名前がわからないので、「いつまでも動いているもの恐怖症」と呼んでた。つまり、天井とかに、暖房を効率よく回すために大きな扇風機みたいなものがよくあると思うんだけど、それが怖いらしい。その人が言うには、特にゆっくりといつまでも動くものが怖いらしく、天井からぶら下がっている蛍光灯のヒモがゆれているだけで具合が悪いとのこと。

恐怖症って何が原因かわからないよね。
何か変わった恐怖症持っている人コメントください。

  • Comments (Close): 4
  • TrackBack (Close): 0

2人以上で既にグループです

  • Posted by: タカヤ
  • 2004年11月13日 20:04
  • Think

多分僕がそうなんだけど、初めて出会う人はそれまで会ったことのある人たちのファイリングの中から同じタイプの人を探すといった感じで探してしまい自然とカテゴリ分けしてしまう。基本的に、ある程度歳を重ねると、まぁ簡単に言うとおじさんになっていくと、知っている人間の割り当てカテゴリから漏れるのがけっこう許せない人もいるんではないだろうか?
こういった考え方をしていると、カテゴリから漏れるとなかなか混乱する。人間づきあいで、皆やってしまうのかもしれないけど、相手を理解している気分になってしまうのはなぜなんだろう?
「この人は私の理解の範疇である」といった気分は人を安心させるし、みなのやりたいことのひとつかも知れない。

こういった人たちもいる。
たとえば、友人や家族といった日本で古くからあるグループ分けを行わずに人間づきあいをしている人たちもいる。と、書いてもあまりピンとこない。
携帯電話のグループ分けも普通に機能的にあるくらいだから、一般的にはやはり人間関係はグループ分けするようにできているかもしれない。たとえば、学生時代だとしたらクラスには「おしゃれなトレンディグループ」、「ちょいとワルなグループ」、「アニメ大好きグループ」といったところかな。皆どこかに所属して安心しちゃう。特にこういった環境は子供時代シビアだ。お互いが理解の範疇である、といった安心感を確認する、といったところ。まぁタチが悪いのは、自分の理解の範疇を超える人に対して説教するおじさんに要注意。

世の中はもちろん広いので、「友情」や「愛情」が一切いらない人たちももちろんいるし、「家族」の定義が一つ屋根でたまたま育った関係さとクールに割り切っている人たちもいる。
僕らは2人以上集まった時点ですでにグループになっている。2人以上集まった時点で自分の価値観を測るようになる。
小学校2年生くらいだったと思うんだけど、僕が学校から帰ろうとすると二人の友達が「いっしょにかえろう」と話かけてきた。僕的には誰と帰ろうが一緒なんだけど、その二人は僕と二人きりで帰りたかったらしくって、「俺とかえるんだーい」とお互いにののしりあって殴り合いのケンカが始まってしまった。それで僕はなんだかアホらしくなって一人で帰った記憶がある。このことは今でも忘れられないくらい僕にとって重要なエピソードで、僕の人間づきあいのテーマだと思う。
けっきょく何が言いたいのか自分でもわからなくなってきたけど、お互いの価値観を測るというのは凶器にもなるのでご注意を。

  • Comments (Close): 4
  • TrackBack (Close): 0

Art memo

  • Posted by: タカヤ
  • 2004年10月 4日 13:56
  • Think

----体から出るもの
ずいぶん昔にこういった発言を人から聞いたのを思い出した。
「体から出るものは大半が汚い。うんこだって、おしっこだって、言葉だってそう」
最近ふとこの言葉に対するコメントを思いつく。
「うん、だけど、蜂から出るハチミツはおいしいし役に立つよ」
ちなみに、ハチミツは蜂のヒップから出るのではなく。口から吐き出されるものだ。ハチは排泄関連はどっか遠くに行ってやっちゃうらしい。六角形のハチの巣はハチの巨大な排泄所ではない。トイレの無い家というのも面白い。

----小型の都会
大都市には公園という田舎のミニチュアがあるが、田舎には大都市のミニチュアがない。

----一定
常に宇宙にある物質の量は一定な感じがする。どこかがなくなるとどこかがふえる。

----タカヤ式料理
�@まずフライパンで大き目の牛肉をたっぷりのバターでよく炒めます。
�A見た目の良い皿に盛り付け、クレソンなど添えます。
�Bそれは食べないで、アイスキャンディーなどでお腹を一杯にします。
�C先ほどのお肉はゴミ箱へ

----飛ぶ用意
「飛ぶ用意をする機会は非常に少ない」

  • Comments (Close): 4
  • TrackBack (Close): 0

カッコよい弁当とは?

  • Posted by: タカヤ
  • 2004年9月10日 18:20
  • Think

さて、連日の更新でちょっとずつファンも出てきたタカヤのブログですが(ウソ)皆さんいかがお過ごしでしょうか?寂しいのでコメント書いてくれるとやりがいが出ます。

最近ちょっとお気に入りの言葉で、「毎日やることは質素でも構わない」という言葉を聞いた。たとえばこれはぶっちゃけ弁当の話をしていたんだけど、弁当って毎日作るものだし、もともとは日々の食費を多少は削るために作られるものなので、どちらかというと質素な方が弁当としてカッコいいということ。
言い換えれば、「毎日表現をするのであればそれはミニマルで構わない(なんか煙草のコピーライトみたい)」というハードボイルドな真理が導ける。必要最小限に目的が達成されていればそれはシンプルでいいのだ。

さて、弁当なんだが僕は高校生時代親につくってもらった弁当で一番ショックだったのは、リンゴとゴハンの盛り合わせ弁当だ。弁当箱を開けると四つ切のリンゴとしょうゆさしと白飯。以上。
今大人になった僕は上記のことを踏まえ、総合的にかつ全ての知性を総動員して考えるのだが、「ほほうミニマルだね」なんてやっぱり言えない。ごめんよ母さん。
多分、母さんの弁当はミニマルではなく何かが足りなかったのかも知れない。

P.S
最近ちらっと見た雑誌に書いていた言葉。
「ずっと待ってるからね、と言われたならずっと待たされることになる」
深いなぁ。

  • Comments (Close): 4
  • TrackBack (Close): 0

マグロと感覚ホムンクルス

  • Posted by: タカヤ
  • 2004年9月 9日 19:14
  • Think

「マグロを押してしまうこと」
これは僕がスーパーにてぼんやりと過ごすときに必ずといっていいほど、僕を誘惑させる行為だ。指で押され、致命的に引っ込んだマグロの表面を見ながら、雨上がりの泥炭をくすぐるようなこの感覚を味わうのはまさにエロチックでもある。女性の肌の弾力を確かめるようなその禁断の行為に背徳の匂いがする。少なからずとも皆スーパーではその誘惑にかられていると思う。他にもボンレスハムやら、和牛ステーキなども誘惑が多い。

このことは何か重要な関わりがあると思われるので考えてみた。

皆さんは「感覚ホムンクルス」といったものをご存知だろうか?本来ホムンクルスとは古来より体の中に住む小人の意味があった。これは何かというと、人間の感覚を全て感覚の強さに比例してイメージ化し人間の形にすると、「手」と「口」と「目」が体全体のパーツにくらべ非常に大きい人間となってしまうのだ。
人間が強く感じたいと思うとき僕らがメインで使うパーツは主に「手」と「口」とのこと。お気づきの方はわかるかもしれないが、これが頻著に現れるのは「SEX」である。相手を強く感じたいと思ったらチューして手でモミモミしたいのは誰もがそうなのさ。実をいうと「手」や「口」に比べれば「目」は感覚の中では弱い方なのだ。

さて話を元に戻すと僕はスーパーでマグロを見るともう押さずにはいられない。ホタテが口を開けていても、その白くなまめかしい姿をさらけ出していたら、チョコンと押してやってヒュっと引っ込む姿を見ているだけで、もうエクスタシー。
たとえばうちのベーシストことアラキにもそれは頻著に現れる傾向なのだが、好奇心を持ったものは必ず触って確認してしまうという傾向がある。
実証として、まったくその辺にあるような植木鉢の植物を「これみんなで触ってたらアラキも触るかなぁ」と憶測し、皆で触っていたところ、後から遅れてやってきたアラキはわしづかみにして大爆笑となった記憶はまだ新しいところである。
いってしまえば、相手(マグロ)を理解するために僕やらアラキは感覚を発端として行動するタイプなのだ。

「これはなんだ?」→つかむ
「おおやわらかそうだ」→もむ
「いいケツだ」→やっぱりもむ

日本人は下手な方かもしれないが、スキンシップといったいい言葉がある。落ち込んでいる人の肩に手を置く。横断歩道でおばあさんの手を引いてあげる。よいこのあたまをなでてやる。恋人をハグする。マグロを押す。
僕は僕なりに自分を取り囲む世界を触覚を使って確かめているらしい。
だけどさ、押されたマグロって買う気にならんよね。

  • Comments (Close): 3
  • TrackBack (Close): 0

番長とパサラパンツをイメージする

  • Posted by: タカヤ
  • 2004年9月 9日 14:32
  • Think

たとえば「番長」がいるとする。
「番長」のイメージというのはどこからやってくるんだろう。脳内で僕らは「番長」について考える。

■ボロボロの学帽、学ラン(ブレザー不可)
■葉っぱなどをくわえている(植物名は不明)
■ゲタ(ハナオは黒)
■サンドバック型カバン、もしくは柔道着
■頬に傷(頬骨のあたりから口元に5~7cm程度が望ましい)
■松の木の下で女の人を足蹴にする(カンイチオミヤより抜粋)

こういったイメージだ。では僕らはこういったイメージを経験によって記録していてそこからイメージを引っ張ってくる。

では、「パサラパンツ」についてイメージをしなさいと言われるとなかなか難しい。

■なんだか履くとサッパリしそうだ。
■軽く清潔感がある。
■料理をおいしくしそうだ(なんとなくタイ料理)。
■青空をバックにはためいていそうだ(洗剤のCM参照)。
■自転車や市場やフルーツが多そうだ(東南アジア等の田舎町をイメージ)
■厨房からなにかおいしそうな匂いが漂う店内で、バスケットに入って140円くらいしそうだ。

といった感じだろうか(ググっても出てこないよ)。
こういった知らないものに対しては、あくまでも僕らは経験の中から推測する。

では「自分」をイメージしなさいって言われたらどうだろう。鏡に映っている範囲でしか僕は自分の姿を見たことがない。イメージっていうのは経験から推測した範囲でしか知りえないのだ。
自分が一番長く付き合っているんだから一番知っているのかもしれない。と同時に僕は自分自身を間接的にしか見たことがない。
江戸川乱歩の「二癈人」といった短編では、夢遊病といった自分自身の知りえない部分が行った殺人を描くのだが、最終的にはそれは自分自身でも確認がとれない部分で行われる事象のため、実に興味深い終わり方をする。

自分自身のことなんて自分で知っていることなんてほんのチョッピリだ。知らないことの方がきっと多い。

実はハゲてたらどうしよう。

  • Comments (Close): 0
  • TrackBack (Close): 0

Index of all entries

Think Archive

Return to page top

AX